中村一八の知心コラム


いまの仕事が自分に向いていない?

不安定な時期

学生を卒業し、社会という新しい舞台に立ってから、精神的に非常に不安定になる時期があります。それは、入社時よりも、むしろ仕事に慣れはじめた頃にやってきます。入社して間もない頃は誰しも、右も左もわからず、与えられた目の前の仕事を片付けるだけで精一杯です。

ところが、だんだん仕事に慣れはじめてくると、多かれ少なかれ「こんな会社でこんな仕事を続けていっていいものだろうか」とか「現在の仕事に一度きりの人生を捧げていいものだろうか」など将来への漠然とした不安や焦りを感じるようになります。

また、思うような成果がでなかったり、上司の評価が得られなくなると、「ひょっとしたら、いまの仕事は自分に向いていないのかも?」と思いがちです。心の中にぽっかり穴が開いたり、仕事に対する情熱が少しずつ薄らいでいく情緒が不安定な時期でもあります。

徒弟制度の罠

実は、私たちプロフェッショナルの世界でも同じことがいえます。程度の差こそあれ、プロフェッショナルのベースは徒弟制度にあり、それはいつの時代も、"オレの技術は見て盗め、盗んで覚えろ"というプロセスをたどります。

入門当初は何もかもが新鮮で、迫力ある親方の仕事ぶりに「すごいレベルだ!」と強烈な刺激や感銘を受けるのです。たとえ完全に理解できなくても、その仕事に取り組む姿勢や真剣度は弟子の心身に深く染み込んでいくのです。

ところが、徒弟制度で陥りやすい最大の罠は、師匠のもとで一から学びはじめても、3、4年も経つと、上滑りな知識、断片的な情報をインプットすることで、「当初思ったほど、案外たいしたことないんじゃないか」とか「あの程度であれば、オレもできるかもしれない」など、物事を見切ったような感覚に陥ってしまうことです。聞きかじった知識が自分の成長を邪魔していくのです。

悟りの境地

仏の世界の修業では、入門3年目までが勝負といわれます。自分の存在そのものを徹底的に否定され続けるため、完全に自分を見失います。修業は辛く、ただひたすら座禅に専念する日々が続きます。すると、「待てよ。こんなことをやっていて、いったい何の意味があるのか?座禅で何が得られるというのだろう?」という疑問に出会うのです。

そんなとき、それにもめげずに、さらに踏ん張り続けていくと、ある時点からストンと腹に落ちる瞬間が来るというのです。これが「悟りの境地」というものです。続けることに意義があり、続けることでしか、悟りは開けないといわれています。「悟りの境地」をビジネスでたとえるなら、仕事が自分のものになるときです。

仕事をほんとうに理解したのか

最近、その仕事の本当のおもしろさ、自分の仕事の醍醐味を知らないまま、20代で次の新天地を求めようとする人が増えています。隣の芝が青く見えるというより、自分の芝が枯れているように見えるようです。

しかし、不安や焦りを感じはじめたときこそ、自分はいまの仕事をほんとうに理解したのか、技術をほんとうに習得したのかと問い直してほしいものです。仕事が楽しくないという人の多くは、仕事が楽しいと心底思えるレベルに自分が達していない場合が多いのです。

仕事が自分のものになる

もしどうしても、「いまの職場を辞めたい」という意思が強固で変わらないようなら、いま与えられている仕事を完全に自分のものにしてから"卒業"すべきです。「この仕事は、あなたでなきゃダメだね」と人に認められるまで自分を高めることが大切です。自分を心から頼ってくれる人がいるということが、仕事が自分のものになった証(あかし)といえるでしょう。

仕事を自分のものにするには、辛くても、いまの仕事から逃げないことです。逃げずに、正面から向き合い、この仕事を極めてみようという思いを持って挑戦を続けることです。中途半端な気持ちで取り組み、苦手な仕事や困難な仕事から逃げてばかりいると"逃げ癖"がついてしまい、いつまでたっても仕事が自分のものにはならないのです。

ぞくぞくするような深い感動

入社してから数年後、不安や焦りを感じはじめたら、いま自分はどの段階か、自分の立ち位置を確認するため、遠景に自分をおいて眺めてみることです。そして、おなじやるなら本腰を入れて取り組み、「この困難な仕事には、あいつの力が必要だ」と人から声がかかるようになるまで高みを目指してほしいものです。

仕事が自分のものになったとき、はじめてぞくぞくするような深い感動を覚え、その仕事の奥深さや本当のおもしろさがわかるようになります。会社を辞すのは、それからでも遅くはないはずです。それは、その後の人生において、必ず素晴らしい財産になるからです。

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