スーツには流行が存在します。ラペル幅やゴージラインの高さ、ボタンの数など10年はおろか5年で大きく様変わりします。ところが、クラシックな靴のデザインは不変で流行もありません。
歳を取ると体型は変わりますが、足のサイズはほぼ変わりません。かかとのリペアやソール(底)の張り替えなど、定期的な修理や入念な手入れを怠らなければ、上質な靴は一生履くことができます。
服装のなかで、もっとも耐用年数が長く、手入れをするほど年月とともに輝きや魅力を増すのが靴という存在なのです。
服装でもっとも投資すべきは靴ということになります。やや乱暴ないい方をすれば、許される範囲でビジネスシーンにふさわしい高価な革靴を買うことをお勧めします。一般的なモノは値段が高いからといって、必ずしも品質が良いとは限りません。
しかし、コンサバティブな靴に限定していうなら、クオリティと値段はほぼ例外なく正比例で推移します。値段の高い靴は、上質な靴といえるのです。ビジネスにおいて靴がどれほど重要な役割を果たすか、イタリア人やイギリス人、フランス人などは身だしなみの本質をよく理解しています。欧州では社会人になると、何はさておき、靴にお金をかけなさいと周囲からいわれます。
ところが、日本人は真っ先にスーツにお金をかけます。数年後には、袖を通さなくなるとわかっていても、少々無理をしてでもスーツに大枚をはたこうとするのです。靴はどうかといえば、スーツの購入後、シャツやネクタイを買って、その余ったお金で買うという発想です。
たとえば、予算が5万円あるとします。スーツと靴をそれぞれ購入する場合、あなたなら予算の配分はどうするでしょうか。スーツに3万円、靴に2万円くらいが妥当だと多くの日本人は考えます。
しかし、身だしなみにうるさい欧州の人々は、スーツに1万円、靴に4万円と考えます。もし、靴だけに割り当てられる予算が5万円あるとすれば、一足2万5千円の靴を二足買うのではなく、5万円の靴を一足だけ購入するでしょう。予算が10万円なら、スーツに2万円、靴に8万円かけるのです。このように、欧州と日本では、靴に対する考え方が根本的に異なります。
スーツと靴の優先順位が逆転している理由は、明快です。日本では、身だしなみというものを体全体の大きな面積を占めるスーツに比重を置きます。
しかし、西洋では足元こそが身だしなみに大きな印象を与え、全体を引き締める一番大事なポイントととらえています。社会的地位が高い人は別として、上質な靴こそが最重要事項であって、スーツはそれほど高価である必要はないとの考え方が根底にあるのです。
世界一のおしゃれ好きといわれるイタリア人といえども、ノーブランドの安価なスーツを着ているビジネスマンは少なくありません。しかし、靴はきわめて上質で、手入れが完璧にゆき届いています。
数年でダメになるスーツよりも、一生履くことができる靴に投資する方が、はるかにコストパフォーマンスが高いということを知っているからです。
おもしろいことに、30万円以上の高価なスーツを身につけていても、靴が貧相であれば、全体の印象はみすぼらしくなります。
ところが、1万円台のスーツを着ていても、10万円以上の上質の靴を履いていれば、スーツが実際の値段以上に驚くほどエレガントに見えてしまうのです。それほど、靴というのはスーツ全体の印象を決定づけてしまうほどの不思議な魔力を持っています。
人と接する機会が多い営業マンこそ、相手に対する礼儀として、靴に投資すべきという考え方があっていいと私は思っています。