どんなことでもいいのです。自分に自信をつけるためには、何かで人より抜きんでたものを身につけることです。自分ができそうなこと、得意なこと、これならと思えるようなことに意欲的に取り組むことです。あれもこれもと欲張らず、まずはひとつ、これだけは誰にも負けないという"何か"を見つけることです。
たとえば、整理整頓をさせたら右に出る者はいないとか、ほれぼれするような美しい敬語を使うことができるとか、パソコンのハードディスクのデータ復旧作業をやらせれば日本一レベルとか、何か人に誇れるようなことです。
酒豪だとか、マージャンが強いとか、ゴルフがプロ級とかでも悪くはありませんが、できることなら、いま与えられている仕事に直接関係のある分野が望ましいでしょう。
営業であれば、新規のお客さまへのアポイント取り、思わず買う気にさせるセールストーク、圧倒的な商品知識、論理的で納得感のある企画提案、人を魅了する効果的なプレゼンテーションなど、何かひとつ「これなら絶対負けない」という分野をできるだけ早く確立することです。
私も新入社員の頃、上司や先輩社員に比べまったく仕事ができなかったため、焦燥感に駆られたり、自信をなくした時期がありました。そんなとき、目をつけたのが朝礼時の3分間スピーチです。
テーマは自由でしたが、当時毎朝部署内で二人ずつ順番にスピーチをすることになっていたのです。話の内容で勝負できないことは私自身一番よくわかっていましたので、「1秒の誤差なく3分ちょうどで終わらせる」ことを周囲にも宣言して、挑戦したのです。
話す内容を一言一句正確に原稿用紙に書き写し、それを口に出し、完璧に丸暗記しました。自分のしゃべる速度だと、文字数でいえば何文字必要になるかを緻密に計算したのです。
ストップウォッチ片手に、その原稿をぶつぶつ声に出して、通勤途中の道でも、トイレで用を足していても、何十回、何百回と繰り返しリハーサルを重ねました。
さらには、ビデオカメラにも録画して、毎晩寝る前に、自分の話し方やリズム、癖なども徹底的に分析したのです。まるで、自分がプロボクサーになったかのように、180秒という時間をカラダで覚えることに心血を注ぎました。
努力のかいもあって、本番では話の内容よりも、時間ぴったりに終了したことが大いに受けたのです。それからというものの、「おもしろい奴がいる」とか「一秒の誤差もなく、いつもスピーチする」というウワサが社内で広まり、結婚披露宴のスピーチの依頼も殺到しました。
もし、あなたがお茶くみという仕事を任せられたとします。「なんで、私がお茶を出さなくちゃならないの」などと不満をいう人がいますが、そういう人に限って、その仕事の奥深さや本当のおもしろさを知らないのです。
たった一杯のお茶でも、お客さまに感動を与えることができる仕事なのです。事実、私どものお客さまにAさんという素敵な女性がいらっしゃいます。
商談のため、訪問したときには、いつもAさんがお茶を入れてくださいます。その方は、挨拶から礼儀、お茶の出し方、立ち居振る舞い、歩き方どれをとっても、自然で上品で雅やかで、洗練されているのです。一連の流れるような美しい動きで、その場の雰囲気が和やかになり、いつも私はすがすがしい気持ちに浸れます。
応接室はお客さまと商談するところです。しかし、その商談を成功させるのは、担当者の手腕だけでなく、受付や案内、お茶をだしてくれるスタッフの温かいサービスであったりします。組織では、誰もが役割を担っています。Aさんのさりげない気配りやおもてなしの心が、お客さまに感動を与え、企業イメージを向上させているのでしょう。
「一芸に秀でる者は多芸に通ず」という言葉があります。Aさんのように、お客さまにお茶をお出しするという、ひとつの道を極めた人は、ほかの多くも身につけることができる、という意味です。多芸に通ずるためには、まず一芸に秀でることが出発点となります。
私なんかヴァイオリンを弾く人を見れば、それだけで感動し、脱帽してしまいます。しかし、よく考えてみると、最初からヴァイオリンが弾けたのではなく、日々の努力や研鑽なしに演奏技術が上達するわけもないのです。
最初から「抜きんでる」人などいません。誰かより抜きんでるものを身につけるには、人の何倍もの努力が必要だということです。ひとつを極め、何かに抜きんでることは、何より自信につながります。モノゴトの本質や道理もおのずと見えてくるようになるのです。
それゆえ、自分が所属する組織のなかで、好きなこと、できそうなことから選んで、いっそうの磨きをかけることです。「これだけは負けない」という"絶対分野"を持つことが大切なのです。