中村一八の知心コラム


器を広げよう

相手を尊重する

部下のやる気を引き出すには、「やる気のメカニズム」を理解することです。その根底をなすのは、「相手を尊重できるかどうか」。これがやる気を引き出す下地づくりとなります。「馬を水辺に連れていくことはできても、馬に水を飲ませることはできない」ということわざがあります。

人をやる気にさせることのむずかしさを示唆している奥深い言葉といえるでしょう。人は強制で動かせても、その強制がまったく通用しないのが馬という動物です。力業で馬の口を無理やり開いて飲ませようとしても、馬はいうことをきいてくれないのです。

馬のポテンシャルを引き出す

馬が主役の競馬界では、優れた馬を育てるのは、優れた騎手だといわれます。レースでは、何より馬の絶対能力が求められます。しかし、優秀なサラブレッドであっても、誰が乗るかによってタイム差は歴然となるのも事実です。たとえ能力の低い馬でも、馬の能力を最大限に引き出すことができるのが名騎手といわれる人です。

やる気のメカニズムイラスト1

その名騎手のひとりに、武豊という騎手がいます。前人未到の中央競馬3,100勝以上など、数々の記録を塗り替え続けている競馬界のスーパースターです。

どんな馬でも自在に操り、勝利へと導く彼の秘けつは、手綱(たづな)さばきなどのテクニックだけではないと私はみています。

相手である馬をまず尊重するところに他の騎手と一線を画する決定的な違いがあるように思えます。

馬は話せないし、人間の言葉も理解できません。ゴールまでの距離感とか、ペース配分はどうすればいいかなど馬にはわからないだけでなく、そもそもレースに勝ちたいという欲求がないから、騎手という仕事がむずかしいとされるのでしょう。目やしぐさ、動きから「いま、どういう気持ちでいるのか、どんな精神状況なのかをわかってあげよう」と努めると武氏はいいます。

性格も癖も走り方もまったく違う馬一頭一頭と向き合い、馬を気持ちよく走らせることを何より大切にするという姿勢は、まさしく相手を尊重するという考えから生まれるものです。これは、非常にむずかしいことですが、きわめて重要なことです。

言葉のかけ方

部下よりも立場の強い上司という人種は、「ボクは、いつも部下の考えを尊重しているよ」と口ではいいながらも、無意識に「自分の考えを押しつける」傾向にあります。

たとえ自分の見解と180度違ったとしても、たとえ「こいつ、わかっていないな」と思ったとしても、 たとえ反論されてカチンと頭にきたとしても、たとえ非常識な考えだと思ったとしても、「なるほど、君はそう考えるのか」とか「ほう、ユニークな視点もあるものだ」と、まずは相手を尊重するということが出発点となるのです。

言葉のかけ方にも人格や姿勢があらわれます。「相変わらず、おまえはだめだな」という言葉からは、部下を尊重するという気持ちは感じられません。これで、やる気を出せといってもでるわけがないのです。ところが、「君らしくない」という言葉の投げかけは、相手を尊重した上での言葉とわかります。

少しずつ心を開く

リーダーとして常に留意しなければならないのは、相手を自分の思い込みで決めつけないことです。「よく話してくれたね」とか「ありがとう。君のおかげだよ」などの感謝やねぎらいの言葉とともに相手の存在に対して人間として尊重していることをしっかり伝えることです。

部下は自分を映す鏡です。「自分と向き合おうとしている」ことがわかると、相手は少しずつ心を開きはじめます。「この人は自分を尊重してくれているんだ」と相手が思えてはじめて、相互信頼が醸成されるのです。

ムチを打って走れではなく、「走るといいことあるんじゃないかな。きっと、いいことあると思うよ」と体全体で表現し伝えているのが武豊という男です。強制や命令ではなく、馬が自らの意思で水を飲みたいと思わせられるかどうか、リーダーは常にこの難題に挑戦し続けることを忘れてはいけないのです。



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