ホーム<コラム<中村一八のスペシャル対談<第2回/松本大さん<「伸ばす」より「活かす」
【松本】先生(指導者)には、細かく方法論をちゃんと教えるタイプと、何も教えないで自分のやり方を見せるタイプがあると思うのですが、どちらかというと僕は後者なんですね。「つぶやき」もそのひとつです
【中村】「教えない」ほうが人は伸びますよ。
【松本】うーん。それはどうかなぁ?ちゃんと方法論を教えてあげるほうが伸びる場合もあるし…。
【中村】私が知っている名経営者と呼ばれる人たちは、実は後者の方が圧倒的に多いんです。目標だけ掲げて、方法論は教えないタイプ。たとえば、「あさっての正午までに日本でいちばん高い山のてっぺんに登ろうよ」とだけいっちゃう。目標ははっきり示しますが、目標を達成するまでの手段、すなわちトコトコ地道にふもとから歩くのか、ヘリコプターで近くまで飛んで、ロープからするする降りて目指すのか、時間と予算のかねあいで、方法論は自分で考えてね、という指導法です。
そうすると当然、失敗もいろいろでてきたり、時間はかかったりするんですけど、結局本人に「考える」癖がつくんです。「はて、日本でいちばん高いやまってどこだっけな?」と自分で考えるわけです。「富士山」といちいち教えないところがみそなんですよ。
【松本】確かにそうですね。僕も、あんまり手取り足取り教えないし…。
【中村】具体的な方法論を教えちゃうと、その場では本人は「わかった」気になるんですが、状況や場面が変わってしまうとたちまち対処できなくなるんです。最初から手取り足取り教えないで、しばらく放って置く。もがき苦しんだあと自分で考え抜いた方法論は、確実に自分の血となり肉となって力がつきますからね。
【松本】僕はですね、やっぱり指導者的な発想じゃないかもしれないけれど、個の力を伸ばそうというより、個の力をうまく活かそうと考えているんです。だから僕としては、社員のみんながいま持っている力をどれだけ会社のために使ってもらうか、ということのほうが実は興味があるんです。
【中村】「伸ばす」より「活かす」ですか?
【松本】ええ。この間、ある大学に呼ばれて「天職を探せ」というテーマでパネルディスカッションをやったんです。そのときパネラーのひとりが、「英語はちゃんとできるようにならなきゃね」といってました。僕が思うには、そうやっていままで、日本という国は、英語力をつけようとか、偏差値を高めようとか、何かしら自分にもっと力をつけようと努力してきたんですね。
でも、そうやって全体の水準を高めるって考え方には、ちょっとアンチテーゼがあるんです。つまり、みながみな同じ力を身につける必要はないんですよ。ただし、みんなのもっているそれぞれの力をそれぞれの形で使い切らないと組織全体の出力はすごく落ちると思うんです。
【中村】なるほど。偏差値的な教育は、かつての規格大量生産時代には適していたけれど、今日のような激動の時代には通用しにくくなったと?
【松本】そうです。たとえば、東大は総合得点の高い人を採る大学ですが、米国のプリンストン大学はまったく違います。一芸に秀でた人をとる大学なんですが、素晴らしいと思うのは、いろいろな異質な人が認めあいながら、お互いが触発される点です。自分は数学が得意だと思っていたA君は、絵がとっても上手なB君と仲良くなって、まったく興味のなかった絵というジャンルを理解しはじめる。やがて、A君は絵に目覚めたり、ひょっとすると自分に絵の才能があるのではないかと気づいたりするんです。お互いが触発されて、最終的にはすごい卒業生がたくさんでるようになります。
【中村】確かにジャンルのまったく違う一芸に秀でた人に接すると、強烈な刺激を受けますね。私自身、それが仕事に対するエネルギーになったり、アイデアの源になったりしますから。
【松本】会社全体の出力も同じじゃないかと思うんです。自分には「書く」力はあるけど、「話す」力はあんまりない。隣には「話す」のが得意な人がいて、その人を会社がどんどん積極的に活用していると、「書く」のが得意な人も「オレも『話す』力を伸ばしてみようかな」と興味をもってトライするかもしれない。
これからの時代は、会社側が「お前らみんな『話す』力を伸ばせ」っていうよりも、個人がそれぞれの力を出し切って、会社がちゃんと最大限に使ってあげることが有効だと思います。いまは経済の需要サイドが多様化してきてるから、供給サイドも多様化しなきゃいけない時代なんです。「これ伸ばせ、あれ伸ばせ」って人にいうのは、親でもあるまいし、タカピーな気がして、僕にはやっぱりいえないです(笑)。
【中村】ただし、個人のポテンシャルを「伸ばす」にせよ、「活かす」にせよ、それは会社のビジョンや方向性に向かないとダメですね。
【松本】そうですね。僕も機会をみつけては「いくぞー」とか「オレたちはこいういうことをやるんだー」って、ひとりピエロみたいにビジョンを語っています(笑)。マネックスの社員50人みんなの力をちゃんと使いきってもらうために、方向性をしっかり打ち出すことは大切ですね。
【中村】だとすると、仕事に対する考え方、つまり「仕事観」が大事になりますよね。たとえばニューエアの採用基準ってすごくシンプルなんです。ニューエアでは能力とか資格ではなく、「仕事観」を重視して「人を喜ばすことがほんとうに好きな人」を積極的に採用しています。マネックスではどうですか?
【松本】ウチは理念は理念であるのですが、「仕事観」というのは特にないかもしれない(笑)。あるとしたら「ウソはつかない」ということでしょうか。たとえばトラブルがあった場合でも隠さない、間違えたときは間違えましたと素直に謝る。それは社内的にも世間に対しても同じです。そういったことを含めたベスト・プラクティスを重視してますね。やっぱり人間だから過失や間違いはあるんですよ。でも、それを認めなかったり隠したりすることは絶対にいけないことだと思うし、それは日頃から社員にも徹底していっています。
【中村】一方で、よく20代や30代の人から「やりたいことがわからない」という相談を受けるんですね。「僕は何をやったらいいんでしょう?」って。そういう人は、自分の強みが何なのかさえわからないんですね。
【松本】それはあきらかに偏差値教育の弊害ですね。最近の学校はひどいみたいでかけっこで手をつないで並んでゴールさせるとか、テストで順番をつけないとかあるみたいです。それって「オレが一番だ!」って子供たちの気持ちを摘んじゃうことになりますね。太郎くんかけっこできていいなぁーとか、花子ちゃん算数できてすごいねーとか、そういうのがいいと思うんです。競争を全部無くそうとしているのは、けしからんと思うんですよ。
【中村】競争原理が働かないとダメになる?
【松本】いや、競争ではなくて、多様な価値を認めるべきだということです。それぞれの人にそれぞれの価値があるわけだから、誰も悲観的になる必要はないんですよ。そうやって自分を肯定できなくなって、気持ちが後ろ向きになってしまうと何も出力できなくなるから、結果的に会社にとってはウェルカムじゃなくなっちゃうんですよね。
【中村】では、社員に後ろ向きの人がいる場合は、どう対応するんですか?
【松本】うーん…。それは自分を肯定するように仕向けるしかないですね(笑)。出力できる本を読ませるといいんですよ。たとえば…。あっ!そうそう「相田みつを」の本がいいかもしれない。だって「幸せはいつも自分の心が決める」って描いてあるでしょう(笑)。