ホーム<コラム<中村一八のスペシャル対談<第1回/羽生善治さん<勝敗以上に理念が重要
記念すべき第1回ゲストは、将棋界の第一人者である羽生善治さんをお招きしました。羽生さんは96年に前人未踏の七冠完全制覇を達成し、将棋400年の歴史の中で史上最強の棋士との評価が高まっています。一流の思考というテーマで、羽生さんの素顔に迫ります。
昭和45年埼玉県生まれ。小6のとき小学生将棋名人戦で優勝、昭和57年6級で奨励会入り。昭和60年15歳で四段に昇段、中学生でプロ棋士となる。「神武以来の天才」といわれた加藤一二三、「21歳で史上最年少の名人位」に輝いた谷川浩司に次ぐスピード出世で、一躍注目を浴びた。平成元年には19歳で将界最高位である竜王位に就き、名声を一層高める。平成7年度には、名人、竜王、棋王、棋聖、王位、王座、王将のタイトルをすべて獲得するという、前人未踏の七冠独占を果たして、社会現象となるフィーバーを巻き起こした。あらゆる戦型を指しこなすオールラウンドプレイヤーで、終盤の劣勢を逆転させる勝負手は「羽生マジック」として有名。
(※プロフィールは対談当時のものです。)
【中村】将棋界で現役のプロ棋士は150人くらいでしょうか?
【羽生】そうですね
【中村】世間ではよく「一流棋士」という表現が使われますが、その中で羽生さんが考えるトッププロの条件とは何ですか?
【羽生】客観的にいえば、順位戦のAクラスに入る、公式のタイトル戦に出場する、さまざまな一般棋戦で優勝する、といったことでしょうか。
【中村】個人的には?
【羽生】やはり、確固たる理念を持っているかどうかが一番大きいと感じています。
【中村】一流の経営者も同じですね。優れたリーダーには、必ず理念があります。いま売れればいい、ウチさえ儲かりさえすればいい、そういう場当たり的な発想、理念なき経営では、いつか必ず「しっぺ返し」をくらうことになります。トップ自身に思想や哲学、使命感がなければ、どんなに技術や製品が優れていても、一時的には成功したように見えても、決して長くは続かないのです。
【羽生】目先の利益ばかり追いかけてはダメだということですね。
【中村】そうです。でも、これは羽生さんの勝負に対する考え方そのものですよね。
【羽生】将棋ではトーナメント戦の場合、つねに「ここで勝たなければ次がない」わけですからもちろん勝敗は非常に大事です。しかし、勝つことだけが「すべて」になってしまうと、将棋っていうのは、あまり存在している意味がないんじゃないかなと、思うんですよね。
【中村】結果だけでなく、プロセスも重視する?
【羽生】ええ。つまり、勝ち負けだけで決めるんだったら、それこそ、ジャンケンでも何でもいいわけです。プロが勝負した過程は「棋譜」という形でしっかりと残るんです。勝負の過程で、あっこれはすごい一手だとか、これはまったく考えもつかなかった素晴らしい新手だとか、いいものをどれだけ後世に残せるのかが、僕にとっては価値のあることだと思っているのです。
【中村】これこそ、羽生さんの理念ですね。実験的な手が見られたり、勝負どころで、思いきって踏み込んだり‥。羽生さんの将棋を拝見していると、将棋の奥義を追求したい、将棋の真理を究めたい、という想いがひしひしと伝わってきます。
【羽生】勝負の面では、多少リスクを背負っても、後世にまで伝えられ、評価されるような独自の棋譜を残すように挑戦したいんです。勝負を超越した心境で、将棋を指すことができれば最高ですね。