ホーム<コラム<中村一八のスペシャル対談<第1回/羽生善治さん<できる人は決断が早い
【中村】トッププロとしての立場から若い力の可能性をどう見ていますか?
【羽生】たとえばタイトル戦などで対局の記録係を10代の若い人が担当し、同席することがありますが、3年ほど経つと、その人が挑戦者として目の前にあらわれることがあります。そうした意味では、誰でも可能性を持っているということですよね。本当にちょっとしたこと、気持ちの持ち方や努力の仕方など、一つのきっかけを掴むと大きく伸びる。そうした若い人の可能性は、身をもって実感しています。
【中村】将棋界は、年間4人しかプロになれない極めて厳しい世界です。たとえば、プロ棋士の養成機関である奨励会にいる小学生で、この子は伸びる、この子は強くなる、というのは一目見てわかるものですか。
【羽生】ええ。ある程度はわかります。
【中村】それは何を見て感じられるのでしょうか。やはりセンスですか。
【羽生】センスも、もちろんあります。それに加えて、いかに判断が速いか、ということですね。
【中村】できる「社長」も同じです。優れたリーダーは間違いなく決断が速い。新旧のトップ交代時に、新社長が従来の経営を刷新しようとしても、前例や慣習など、さまざまなしがらみから決断ができず、結局は何も変えることができなかった、という事例は多いんです。「問題の先送り」をする人は、伸びないタイプ。やはり決断の速さは、優秀なトップの絶対条件といえます。
【羽生】将棋の場合は、速いだけではなく、「ここが勝負の分かれ道」みたいな局面で考えられる子供が強くなります。手を読んで判断するのではなく、大事な勝負所を直感的に察知する能力ですね。
【中村】「匂い」を感じ取る力?
【羽生】そうですね。そうした嗅覚があるかないか。この決断が勝敗を分ける、ということを感じ取る力。それが、非常に重要です。将棋の世界は入ってからが長いんですよ。たとえ子供の頃才能があっても、やはり努力を続けていけるかどうか、という部分が非常に大切です。努力を続けられる人が、さらに自分を伸ばしていけるのですから。
【中村】将棋への情熱を失わないことですね。
【羽生】僕は最近、経験のあり方について考えることが多くなりました。僕の場合、プロになって15年、対局数が1,000局と、客観的に見ればかなりの経験を積んでいることになります。ですが、考える材料と経験が増えた反面、心配する材料も増えている。経験を積んだからといって、必ずしもいい手が指せるかというとそうではないような気がするんです。一つの局面でさまざまな可能性を考えることはできますが、そこでいつも正しい判断をしているのかというと、その自信はありません。決断して、失敗してしまうこともありますよね。うっかり大きなミスをして負けてしまうこともありますし。
【中村】過去の成功体験が足かせとなって、会社をダメにする経営者は案外多いんです。 「思い込み」によるものですが、成功体験が強ければ強いほど、人はそれに頼りたくなる。コンサルタントの中にも「こういうケースには、こうすべきだ」みたいな方程式を覚えようとする人がいる。でも、これだと経験則に基づいた判断しかできないので、飛躍的な発想なんか全然でてこないんですね。
【羽生】たしかに、成功を体験してしまうと、こんなときは「こうすべき」という思考が染みついてしまいます。将棋でも時には経験がマイナスになってしまうことはよくあることです。経験以上に、実戦の真剣勝負の中で集中しているときが、一番勉強になります。研究と実戦では、やはり考える真剣度が違いますから。本番の方が、いろいろなアイデアが浮かんでくるんです。ただ、浮かんだアイデアはすぐに試せるわけではないので、家に帰ってから、実際に使える手なのかどうかということを検証していく。その積み重ねが重要だと思いますね。
【中村】羽生さんは、すでに永世棋聖、永世王位、永世棋王、名誉王座の資格を獲得されています。「夢の七冠制覇再び」にも期待がかかりますが、今後の目標として、名人や竜王、王将などの全タイトルの永世資格獲得も視野に入れていらっしゃるのではないでしょうか?
【羽生】現在は、タイトルをいくつ獲りたいとか、永世称号が欲しいとか、そうした気持ちはあまりないですね。それよりも、総合的な力、幅広く判断ができる、あるいはどんなスタイルにも対応できる能力、そうした総合的な能力を高めて、自分自身の将棋を、もうワンランク上げていきたい。それが僕の現在の目標なんです。
【中村】羽生さんの今後のさらなるご活躍に期待しています。 本日は、お忙しいところ、ありがとうございました。